Love encore-ラブアンコール-
1.この気持ちがずっと、変わらなければいい。
 触れられたら痛い傷は誰にだってある。誰にだってあるように、あたしにだってそれはあって、思い出したくないと思えば思うほどそうできない事にも気付いて、だからあたしはそういうくだらないことはやめたんだ。

 一人では、自分を変えることは出来ない。解っているから、もがくのはやめた。ただそれだけ。

 それは案外簡単だと思う。考えないでいることはとても楽だ。このままずっと何も考えないでいられたらいい。この気持ちがずっと、変わらなければいい。



 パパパ―――――ッ!

 ビルが立ち並ぶ街の交差点で、けたたましいクラクションの音が鳴り響く。

「ちょっとあなた! 危ないじゃないの。大丈夫?」

 気付くと赤になったままの横断歩道に一歩足を踏み出していた。腕には鬱陶しい四十代くらいのおばさんの手が絡みついている。

「ああ…すみません」

 その手を軽く振り解くと、歩道へ一歩足を戻す。そう言って、何事もなかったかのように目も合わせないあたしを不愉快に思ったのだろう。隣にいる連れのおばさんと、わざとらしく大きな声で話し始める。

「いやあねぇ。何考えてるのかしら」

「本当に今時の若い子はねぇ」

 まったく、朝から不愉快極まりない。自分の考えだけを押し付けようとする自己中心的良い人気取り人間は大嫌い。

 あたしは別に車に跳ねられたって―――――イイノヨ。

 もしそれで死んでしまう様なことがあっても、後悔なんかしないわよ。それがきっとあたしに与えられた運命なんだと、受け入れるくらいの気持ちはいつでも持てる。

「ばーか」

 小声でそう呟くと、おばさんたちは一瞬言葉を飲み込んだ。その瞬間信号は青に変わる。

 足早に道路を横切る集団。

 あたしはその中に飲み込まれながら歩き出す。おばさんたちの声はもう雑踏に紛れて聞こえない。朝は―――――忙しい。


< 1 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop