Love encore-ラブアンコール-
 その他の社員は店の奥にある団体用の広いスペースへ移動していた。

 滝野はあたしが発した言葉に少し考え込んだようだったが、ほんの数秒そこに立ち尽くした後、突然隣の席に腰を下ろした。

「何よ」

「やっぱり俺…」

 言葉を詰まらせる滝野にイライラは募る。格好つけたような演出を自分からすること自体頭にくるのだ。

「やっぱり先輩のこと、好きです」

「…あんた何言ってんの?」

 自分の世界に浸りすぎの男に、あたしは馬鹿にした笑顔でそう答えた。

 多分この男は今までにこんな経験がなかったのだろう。自分の中で最高のシチュエーションを創り上げて、今まではきっとかなりの的中率を誇ってきていたのだ。その確率を覆すあたしの反応に、今どうしていいのか解らずにいるはずだ。

 あたしは思う。…だから頭の悪い男は嫌いだ、と。

「それで? それであたしにどうしろって言うの?」

「どうしろって…」

「あたしは、向こうにいる馬鹿な女たちとは違うわよ。そうね…、あの子達に比べたら…はっきり言って比べ物にならないくらい優れているかもしれない。でも、別の角度から見たら、もっと比べ物にならないくらいあたしはダメな人間かもね」

「先輩が言うことはいつも厳しくて、難しくて、俺はいつも考えさせられる。そういうのが、なんか初めてで。そういうところにすごく惹かれます。だからずっと近くにいて、俺の足りないところとか…もし先輩が今言ったみたいに自分をダメだと思ってしまう部分があるのなら、俺がその部分を補っていくっていうことはできないですか?」

 吐き気がするような言葉の羅列に、あたしは微かな頭痛を覚える。指先がほんの少し震えた。

「大丈夫ですか?」

 震える指先に滝野が触れようとした瞬間、あたしは手を振り払うようにして席を立った。

「触らないでよ! できもしないくせに綺麗な言葉ばっかり並べてんじゃないわよ。あんたのそういうところが嫌いだわ。イライラする!」

「先輩?」

 意に反して興奮してしまったあたしは、落ち着こうと息を整えた。滝野はその様子を不安げな顔で見ていた。

「先輩?」

「あたしのこと、何も知らないくせに」

 できるだけ冷静に言い放ったあたしは、バッグを掴んで歩き出す。途中、千円札何枚かをカウンターに放り投げた。

 ウエイターに目を向けると笑顔で小さく頷いているのが分かった。それを確認したあたしは、大きなドアを思い切り開け放し、外の世界に飛び出した。

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