Love encore-ラブアンコール-
4.もう一度空を見上げたら、思いがけず涙が出た。
 もう随分長い間、あたし達はお互いのことを知っているけれど、先生はあたしに心を開かない。それは初めて会ったときから分かっていた。

 あたしたちの関係なんてそんなものだ。最初から諦めていることに、自分でもどうしてしがみついているのか解らない。

「東谷さん、今日仕事は?」

 相変わらず落ち着いたトーンで話す先生は、どこかであたしに怯えているようにも見える。

「…行きたくなかったの」

「また、君はそんなことばかり言って」

 微かに聞こえた溜め息の音に、あたしの神経は逆なでされた。時計の秒針に合わせて呼吸を整えてから、これ以上ない冷たい声で言い放つ。

「そんなことばっかり言ったらどうなの? 何がいけないのよ。会社に行かないことで何か先生に迷惑かけた?」

「そうじゃないけど、今日はいつもより来る時間が早かったから」

「今日は先生もヒマでちょうど良かったじゃない。いい時間潰しになるでしょう?」

 その言葉に眼鏡の奥の目が揺れる。

「君のことを、時間潰しになるだなんて思ったことないよ」

「それって、時間潰しにもならないってこと?」

「それも違う。君がここに来てくれるのは、僕にとって楽しみでもあるから」

 そしてあたしはまた後悔する。またそういう言葉を先生に言わせてしまった。それに安心する自分がいることも許せなかった。

「嘘つき。そんなこと思ってもいないくせに。あたし知ってるのよ。先生がどんな風に思ってるか知ってるの。先生より優秀なカウンセラーかもね」

 いつもこの繰り返し。先生は口をきゅっと閉じたまま黙ってしまった。

 この空気が嫌い。次にどうしたらいいのかが解らなくなる。また自分で蒔いた原因に溺れそうになっている。

「君がどう思っても、僕は君が思うようには思っていないよ」

「ねぇ、そういう言い方していいの? あたし病気なのよ?」

 溜め息が一つ。視線を合わさないように、あたしは窓の外へ目を向けた。ここに来るための口実。あたしは、その時だけ患者にならなければいけない。

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