Love encore-ラブアンコール-
 先生の溜め息を聞くたび、鼓動は不規則に動き出す。口実なんかじゃなくて、やっぱりあたしは病気なのかも。少しだけ苦しくなって、もう何もかもどうでも良くなってしまうような気さえする。

 両サイドに肘掛がついた、痩せすぎの先生には少し大きめな椅子を回転させる音が静かに聞こえた。

 きっと弱々しい視線をあたしの背中に向けているのだろう。

「君は、病気なんかじゃないよ」

「病気よ、きっと」

「君は…」

「先生がなんて言ったって病気なのよ! そんなの先生が一番分かってるじゃない!」

 診察室を飛び出して勢いよく閉めた扉の音に、休憩を終えて戻っていた看護師が驚いた顔をして目を向けた。

「いちいち見てんじゃないわよ!」

 あたしはそう言い捨てると、クリニックを後にした。

 ギラギラ光る太陽の光が、容赦なく肌に突き刺さる。

 クリニックから三十メートルほど歩いたところでふと足を止めたあたしは、額に手をかざしながら空を見上げた。周りに建ち並ぶ建物が、光に捉えられた瞳からはグルグルと回転しているように見える。

 脳裏に蘇ったのはあの細くて白すぎる腕。頼りなく、しなやかに動くそれは、まるで今もすぐそこにあるかのように絡み付いてくる。

 いつからこんな風に思うようになったんだろう? 苦しい。

 どうかあたしを解放して。もうこれ以上……。

「大丈夫ですか?」

「あ…すみません…」

 歩道の真ん中に立ち尽くして貧血を起こしかけていたあたしに、通りがかりのサラリーマンが声をかけた。その声にすぐ答えた自分が妙に素直な人間に思えて、小さな声を出して笑う。

 自分のことを素直だなんて、何年振りに思ったんだろう?

 サラリーマンは急ぎ足で横を通り過ぎる。一回だけこちらを、不思議そうな顔をしながら振り向いた。

 今のあたしには、それすらも可笑しい。

 先生と出会ってからもう二年。一緒にいる時間が増えるたびに、あたしは普通じゃなくなっていく? あたしのどこがおかしい? どこがどういう風に他の人と違うの?

 泣きたいくらいに晴れた空と、何日かぶりに蘇ってきた消えるはずのないあの子の白い腕の記憶が心を掻き乱して、あたしはまだその場所で動けずにいた。

 もう一度空を見上げたら、思いがけず涙が出た。

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