Love encore-ラブアンコール-
 ライターの火が付くときの擦れる音を耳にして、あたしは現実に戻る。

 揺らめく炎は先生の綺麗な手に包まれて、口元のタバコへ火を灯した。

「先生?!」

「ん?」

「先生、タバコなんか吸ってたの?」

「ああ、知らなかったっけ?」

「知らない。いつから?」

「ずっと昔だよ。でも開業してからはずっとやめてたんだ。本当にたまに、一本だけ…っていうことはあったんだけどね」

「じゃあどうして今吸うの?」

「最近、また量が増えてしまって、いけないなとは思っているんだけど」

 怪訝そうに自分を見つめるあたしを見て『そんなに心配するほどの量じゃないから大丈夫だよ』と先生は笑った。

「君はタバコ、吸っていないんだね」

「吸ってた頃もあったわ。でもやめたの。タバコを吸ってると無駄な溜め息ばかり多くなるような気がする」

「ああ…確かに」

 そんな話の途中で、バーテンダーがあたしの目の前にグラスを置いた。

「今日は綺麗な女性とご一緒ですね」

「ありがとう」

 先生は笑顔でバーテンダーから自分のグラスを受け取る。
 
 心地良く喉を潤す甘いカクテルと先生の横顔に、」あたしは飲み込まれそうになっていた。

「ねえ、今日はどうして誘ったの?」

「別に…理由はないけど」

「いつもは見せない姿をこんな風に見せて、それでどうするの?」

「どうにかしようなんて思っている訳じゃないよ。じゃあ君は何で僕と一緒に来たの?」

 アルコールが入ったからだろうか。いつもより強い口調でそう言う先生は、きっと今は精神科医という立場ではないのだ。

「あたしは前に言ったはずよ。先生だけが幸せになるなんて許さないって。そうならないようにずっと困らせ続けてあげるって。今日だって困らせてやろうと思ったわ。だから着いてきたのよ。それも解らないで誘ったの?」

「解っているような、でも解っていないような…」

「いい加減ね」

 あたしは精一杯の皮肉を込めてそう言った。

 でも本心は?

 先生に伝えたい気持ちが心の奥の方にあるのに、それなのに…もうずっと自分の言葉に縛られ続けている。

 どんなにもがいても絡み付いてくるその糸は、時間を重ねるにつれ強力になってくる。そしてそれを救うのは、間違いなく先生なのだ。

 でも先生はきっとあたしに絡み付いている糸の存在に気付かない。同じように先生にも絡み付いている糸があって、それはあたしのより何倍も強力だ。だから気付くことができない。

 永遠にいたちごっこだ。

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