Love encore-ラブアンコール-
 暫くすると静かにエレベーターの扉が開いた。

「先に行きなさいよ」

「何で? 先輩行かないんですか?」

「あんたと一緒に出勤したなんて勘違いされたら迷惑なのよ」

「…ひどいなぁ」

 そう言いながら隣に立ち尽くすその横顔を見て、あたしは今日もまた一つ諦める。相手が動く気配を感じ取れないのを確認すると、あたしは早足に歩き始めた。男はその後に続く。

「ついてこないでよ」

「いいじゃないですか」

 案の定、オフィスの扉を開けて中に入っていくと、女性社員の冷ややかな視線が注がれ、あちらこちらでひそひそと話す姿が目に入って来る。

「どうして一緒に出勤してくる訳…?」

「滝野くんって東谷さんのどこが良くて一緒にいると思う?」

 どうせそんなことを話しているのだろうという想像は簡単につく。だからこの顔がいいだけの能無し男にうろちょろされるのは迷惑なのだ。

「先輩、今日飲みに行きません?」

 そんな状況を解っているのかいないのか、その男はさらに追い討ちをかけるように近寄ってくる。

「冗談じゃないわ。向こうにいる飢えた女でも誘ってやれば? すぐ捕まるわよ」

「…先輩じゃないと、意味ないんだよなぁ」

 まったくの迷いもない断りの返事に、そんな言葉を吐きながらほんの少し困った顔をするのを見ていると、それだけでもう十分あたしがキレる要素は出来上がる。

「実は仕事の話をしたいんですよ。だから先輩のようにできる人じゃないと。最近考えることが少しあって…。例えば仕事への取り組み方とか、考え方とか…。そりゃ人それぞれに違う部分ていうのはあるんでしょうけどね。それでも納得いかない部分とかもあるじゃないですか」

「あんた馬鹿じゃないの?!」

 ぶつぶつと呟くように続く話の骨を折ったあたしの言葉に、滝野は少し驚いたようだった。

「あたしが好きで仕事してると思う?!」

 それだけ言うと、出勤したばかりのオフィスを後にして営業先へと向かう。その背中についてくる視線なんて、何の役にも立たないただのゴミ屑だ。

 あたしは今日もそうやって一日を過ごしていく。

 とりあえず仕事でもしなくちゃ自由な時間はやってこない。注がれる周りの視線なんて今は痛くも痒くもないし、それを快感だとも思わない。

 あたしがいても意味のない世界。そんな場所に感情を動かされるなんて、そんな癪なことないもの。

 ビルを出ると強い風が身体を包んだ。

 早く契約取って早く帰ろう…。

 一日一件。たったそれだけの契約を取ってあたしの仕事は終わる。毎日のように契約を取ってくることが今のところ苦痛にならない。あたしにはその才能があるようだ。それだけ持って帰れば誰も文句は言わない。

あたしは自由になれる…。

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