Love encore-ラブアンコール-
2.あたしには想像できる。扉が閉まった後のあの人の姿が。
「いやだ、そうなんですか?」

 くすくすと笑う自分の作り笑いが妙に心地いい。目の前にいる白髪混じりの男はそれを嬉しそうに見ている。

「でも…今ここで手を打たないとチャンスは何処かに行ってしまうと思いますよ? チャンスなんてそうそう転がっているものじゃないし、後で後悔してもこちらでは責任取れませんし」

「また、君はさっきから口が上手いなぁ…」

「いいえ、御社のことを思って言ってるんです。今やらなくてもいずれやるときが来るんです。だったら他社よりも先に手を打って、先にいい思いをした方が得じゃないですか」

 「いやぁ、まいったなぁ」なんて小さく呟きながら、男は身体を前のめりにして随分と興味を示している。あたしはバッグの中から颯爽と契約書を取り出した。

「これ、今日書いていただけます?」

「う~ん、そうだねぇ…。ちょっと私の一存ではねぇ…」

「そうですか…。だったらご相談されたらいかがですか? 私ももう暫くは時間が空いているので、こちらでお待ちしますけど? もしご迷惑じゃなかったらのお話ですが」

 あたしは真っ赤な口紅で飾られた唇で笑顔を作る。男は軽く視線を合わせると、今度は不自然に目を逸らし立ち上がる。

「そうだね、今日はちょうど専務が来ているから相談してみよう。少し、待っていてくれたまえ」

 そう言ってそそくさと応接室を後にする。
 
 イライラするわね、まったく! さっさと決めなさいよ。ダメだったらダメでこんな小さな会社に時間かけたくないのよ。
 
 あたしはそんなことを考えながらあの男の優柔不断さにうんざりしていた。

 あれでよく今のポストに座っていられるもんだわ。上の許可がなくちゃ一人では何も判断できない弱虫。ああいう上司が部下をダメにするんだわ…。

 窓際に立つと、その向こうに広がる景色を見つめる。

 ビルの下には忙しく歩き回る人間たちが見えた。ビルがひしめきあったこの一角で、今あたしは埋もれている。

 早く自由になりたい。先生…早くあたしを自由にして。こんなところにいたら息苦しくて、あたしがあたしじゃなくなっちゃう……。
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