Love encore-ラブアンコール-
「それより先生、明日付き合ってよ。どうしても行きたいところがあるの」

「夜だったら」

「ダメよ。昼間じゃなきゃダメなの」

 手に持っていたペンをカタッと音を立ててデスクに置くと、先生はやっとあたしの方へ身体を向けた。

「行けないのは、最初から解かってるだろう?」

 言うことを聞かない子供をあやすような、やけに大人びた言い方が気に入らなかった。

 あたしはとっさにバッグの内ポケットに入っていたペンを一本取り出す。

「一緒に行ってよ! じゃなきゃ刺すわよ?!」

 鋭いペン先を自分の首筋に向ける。

「東谷さん!」
 
 椅子から立ち上がることもなく、ただ激しい声が診察室内に響いた。

「やめなさい。馬鹿なことはやめるんだ」

「名前で呼んでって言ったの、忘れたの?」

「その手を下ろしなさい」

 彼は静かな口調でペンを握ったままのあたしの顔を見つめた。

「名前で呼んでって言ったのよ、ねぇ先生」

 風がまた、静かに足元を通り抜けた。太陽に反射した白い布は、あたしの視界から全てを奪ってしまいそうな気がする。

 沈黙の時間は流れていった。

「…舞。馬鹿なことはやめなさい」

 彼の発したあたしの名前を聞いて、ゆっくりとペンを首筋から遠ざける。

 あたしにはこんな小さなことが重要なのだ。世界中の誰もが「それだけのこと」と流してしまうようなことが、大事なときだってあるのだ。

 あたしの指は無意識に動き、カチ、カチとペンの先端が中に入ったり出たりする音が響く。

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