Love encore-ラブアンコール-
「あたしは迷惑?」

「迷惑なんかじゃないよ」と彼は再び笑顔に戻る。

 もう何度こんな会話を繰り返したんだろう。二年以上ここに通い続けて、一年の内の三分の二はきっとこんな言葉を繰り返し言っている。

 返ってくる答えはいつも同じ。でもその同じ答えが返ってくることに安心するのは、あたし。

「じゃあ、どうしてそんな目であたしを見るの?」

 壁に貼ってあるカレンダーの日付を目で追いながら、そっと呟いた。先生がそんなあたしの姿を不思議そうに見つめているのは解っている。

「そんな目って…なんだい?」

「そんな目ってそんな目よ。言ってること解らないの?」

「僕の視線をどんな風に感じるの?」

「あたしのこと、本当はもう呆れてるんでしょう? いつもいつも困った子だなって思ってるんでしょう?」

「どうしてそんなことを?」

「だって先生、冷たいもの」

「冷たい? 僕が?」

 ほんの少しはにかんだような笑顔で先生は言葉を詰まらせた。

「あたしが…舞だから?」

 その言葉に微かに目が動いたのをあたしは見逃さない。

「君は、まだそんなことを…」

「帰るわ」

 座っていた棚から飛び降りるようにして降りると、すぐ側に置いてあったバッグを手に取る。その姿を見て先生はやっぱりまたあの顔をする。優しくて、でもとても悲しそうな顔。
 
 こういうとき、あたしは一体どんな顔をしているんだろう。
 
 うんざりした気持ちで診察室を後にしようとすると、さらに追い討ちをかけられるような言葉が聞こえてくる。

「明日の夜は、どうすればいいのかな?」

「言ったでしょう? 夜じゃ意味ないのよ。昼間じゃなくちゃ」

 それだけを言い残すと、少し乱暴に扉を閉めた。

 あたしには想像できる。扉が閉まった後のあの人の姿が。

 きっと大きな溜め息をついてから、いつものように右手の人差し指で眼鏡を持ち上げて、まるでその後は何事もなかったかのように医学書に目を向けるのだろう。    

 そんなことを考えるたびに、あたしの胃はいつもキリキリと痛む。

 軽く胃を摩りながらクリニック内の廊下を歩くと、待合室には午後の予約待ちの患者がすでに何人か集まっていた。 

 自動ドアを潜り抜け外の世界に飲み込まれると、晴れた日の空気は埃にまみれたような匂いがすることに気付く。二、三回軽く咳をすると、さっきよりも少し長くなった影を連れて歩き出す。
 
 クリニックを後にするときにはいつも考える。

 あたしが今ここに生きている意味は、何?

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