西の塔に酉
「近々……」静観していたロヴィーサがおもむろに口を開く。「近々、ラディナ大国はハウンベルクへ進軍なさるとか……アロワ殿、どうかお顔をお上げになって」

 ヴィローサは目が合ったアロワににこりと微笑む。アロワの頬に朱がさす。

「その際、我がアムーニアは駐屯地にちょうどいいわね。で?」

「は? ……失礼」

「お気になさらず。なんでしたっけ? ああ、そうそう、前金とやら。わたくしは実際にこの目にしてないのですが、ディラナ王室のお墨付きですもの、相当の品々なのでしょう。それで、アムーニアを買収……割に合わないのではなくて?」

「わ、割に……」

 唖然とするアロワに、ヴィローサは目を細める。

「ふふ。ディラナ大国のね」言って、ヴィローサは少女の顔で笑った。「だってそうでしょう? あなたが仰るとおり
、アムーニアは買収するに足らない国よ。軍はもちろん資源も商業も産業も何もない、あるのはないものだけ」

 くすくすと、アロワは鼻を鳴らした。

「いいえ。アムーニアには、美しいだけでなく、ご聡明な王女がおわします」

「そういうことね」アロワに微笑んで、ヴィローサは国王を見据える。「お父様……いえ、国王陛下。ヴィローサが嫁ぐときがようやくきたようです」

「ロヴィーサ……」

「ロヴィ――」

 思わず王女を愛称で読んだケヴィンに、ロヴィーサは振り返った。

「ケヴィン……支度を手伝っていただける? 嫁入り支度ははじめてだから、ひとりじゃ心許なくて」
< 10 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop