西の塔に酉
「冷静になるのは君の方だ。……君が嫁いだからといって、国民の安全が保障されるとも限らない。むしろ、君がいなくなって空になったこの国に――」

「子供の頃、一度だけ、ラディナ大国の国王陛下にお会いしたことがあるわ。もっとも、そのころはまだ殿下だったけれど」

 ロヴィーサは、まだ陽が落ちきらない山の向こうに目をやった。不気味なほどに赤い陽が山肌を撫でている。

「私も彼もパーティーに飽きて、こっそり抜け出して軍議まがいの知恵比べをして遊んだのよ」ふふ、とロヴィーサは笑う。「賢くて、合理的で、まあ、少し偏屈だけれど、根は優しい方だって思ったわ」

 だから大丈夫、私に任せて、と、ロヴィーサは複雑な表情で立ちすくむケヴィンの手を握った。

「それに……それにね」きつく、きつく握る。「どこに嫁いだって一緒だもの」

 あなた以外なら、どこに嫁いでも同じこと。

 声にできたかできなかったのか、ロヴィーサ自身わからないくらい、苦しいひとことだった。

 その痛みを打ち消すために続けようとした、

「だから、どうせだったら、みんなの役に立ちたいの」

 は、押し付けられたケヴィンの唇にかき消された。
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