西の塔に酉
 大陸一の大国を統べるリュシアン陛下は30歳と、一国の王としてはまだまだ若い。

 若いながら――前王が病に倒れ彼が即位して15年、国土は倍に増え、財政は安定、すでに嫡子にも恵まれた。

 また、臣下や兵たちにも心を配ることで有名で、「心優しき賢君」として国民から絶大な信頼と人気を得ている。

 後宮を後にしたリュシアンは、自室の前で跪く人影に、手持ち燭台をかかげた。伝令官のひとりだ。

「陛下。お待ち申し上げておりました」

 伝令官がことさらひれ伏した。リュシアンは、はやる気持ちを腹の底に押しこめ、平静を装う。

「いかがした」

「師団長から言伝を預かってまいりました。朝になってからのほうがよろしいかとも思ったのですが……」

 伝言主に、定まり次第大至急、と念を押したのはほかでもないリュシアンだ。

「かまわん。申せ」

 は、と伝令官は、言葉を続ける。

「ロヴィーサ王女とともにアムニールを発す、とのことでございます」

 その名が耳に届いた瞬間、いともたやすく狂喜を通り越し、頭が真っ白になる。

「と、いうと……」

 やっとのことで言葉を絞りだせば、

「私と時を同じくして立ちましたので、2、3日中にはご帰還かと」

 それが仕事だというのに、淡々と伝える下士官をうらめしくさえ思う。

「……そうか。ご苦労であった。長旅で疲れただろう。よく休むがよい」

 ほとんど無意識のうちに言い切り、ふらりと自室に入る。

 閉めたドアに背を預けた大陸一の国王は、ずるずるとその場にへたり込んだ。

「……夢のようだ」

 思わず呟いた一言が、自分の耳から確かに聞こえ、夢でないと知る。

 また、眠れない夜が続きそうだ。

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