西の塔に酉
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もうすでに夜は深い。
今宵の月はまるまると肥え、赤みを帯びた色合いは、見るもののその心情によって変幻自在に趣をかえるだろう。
どんな月のもとにもこの部屋の主は灯りを絶やすことはない。
開け放たれたままの窓からは、月と同じ色のあかりが夜風に漏れて溶けていく。
「殿下」
そこにはまっているべきドアは、とうの昔に枠ごとないが、呼ばれた部屋の主にとっては取るに足らないことである。
ドアがあるべき空洞の外はすぐにらせん階段で、部屋はこの一室しかないし、
「エルドラッド殿下」
そもそも訪ねてくるものもないはずなのだから、邪魔されることもないはずで、
「もう寝た」
「灯りが見えました」
「寝たっつってんだろが」
「私には起きてらっしゃるように見えるのですが」
「俺はこうやって寝るんだよ。ヒトの寝かたにケチつけんな」
視界の片隅で跪く伝令官にぞんざいに返し、部屋の主――エルドラッドはぺらりと書物のページをめくる。
「伝言にございます」
「あのな」エルドラッドは乱暴に書物を閉じ、「無礼にもほどがあんだろ。今何時だと思ってんだよ。前々から聞こうと思ってたんだけど、あんたら、俺をなんだと思ってるわけ」
「午前2時を回ったところでございます、王弟殿下」
エルドラッドはその端正な顔をひくりと歪める。
「その王弟殿下の部屋にわざわざ真夜中すぎにずかずか入り込んでくる、キミたちアロワ師団はどういう神経をしてらっしゃるんでしょうかね!」