西の塔に酉
 王弟殿下の立腹に慣れっこなのか、伝令官はにこにこと微笑むことで受け流し、

「アロワ師団長より緊急の報告でございまして」

「おめーら、頭に緊急をつけりゃなんでも許されると思ってるだろ……」

「『ロヴィーサ王女、美女すぎ! 俺の理性がたもたれるようエルも祈ってくれ!』とのことです」

「は」本を持つ手に力がこもる。「果てしなくどうでもいいわ!」

 そして、伝令官に力一杯投げつける。伝令官は、それをひょいと涼しい顔で避け、

「あと、『P.S.エルが言ってた通り、アムニールは地形的な問題で駐屯地に使えねえな。姫もらっちゃった手前、どうするんだろうね、陛下は。まあ、どうせ考えるのはお前なんだから、俺が帰るまでに代案よろしく』とのことです」

「アロワもたいがいだが、お前の『とのことです』も殴りたい衝動に駆られるな」

「恐悦至極に存じます」

「褒めてないけどね」

「殿下、お城にお戻りください」

「なにそれ、それも伝言?」

「僭越ながら私意にて」

 風が吹く。冷たい夜風が床に転がった書物のページを軽快に送る。

 窓から月を見上げれば、遠く、近い。

「この首、はねられようとも撤回はいたしません。では、これにて」

 立ち上がり、背を向ける伝令官に、おい、と声をかける。

「アロワに伝言」月がめっぽう綺麗だ。「『お前は、バカか。アムニールには今後援助していけばいいだけの話だろ。駐屯地は西に迂回してサウラント。資源不足に喘いでいる国だから、それをエサにすればうまく話がつく』それから――」

 エルドラッドは、金色の瞳をすがめる。長いまつ毛の影がなめらかな頬に落ち、燭台の炎に揺らめき踊る。

「――『本当にこれが最後だ。二度とここにくるな。頼むから俺を巻き込まないでくれ』」

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