西の塔に酉
「ロヴィーサ姫」

 ロヴィーサは、草むしり手を止めることなく、くすくすと笑う。

「姫はやめてちょうだい。28にもなって姫はちょっと気恥ずかしいわ、ケヴィン宰相」

「では、名ばかりですので宰相もやめていただきましょうか、ロヴィ」

 若き宰相、ケヴィンは、ロヴィーサのとなりにしゃがみ込んで畑にのさばる雑草に手を伸ばす。

「世にも美しき王女の日課が草むしり、だなんて知れたら大陸中の王子が腰を抜かすでしょうね」

 ぶちり、と、ケヴィンの手の中で雑草が断末魔の叫びをあげる。

「『王女』だなんて、こんな貧しい国でそれこそ名ばかりよ。そんなことより、ねえ、ケヴィン。このブロッコリー、今年はなかなかの出来だと思わない?」

「とても立派です」

「ふふ。無事収穫したら、国のみんなをお城に招いてたくさん振る舞うの。今から楽しみだわ」

 手を土で黒くして嬉しそうに微笑むロヴィーサに、ケヴィンは目を細める。

「もっと近いうちに、民にふるまうことができそうですよ。使者が献上品の列を従えておみえになりました」

「毎度のことながら、申し訳ないわ……なんだか騙しているみたいで……」

「なにをおっしゃいます。ロヴィの美しさこそ罪ですが、その美しさの内側に罪はありません」

「なにをいってるんだか。幼なじみにどんなおべっかを言われても説得力に欠けるわ」

 肩をすくめるロヴィーサの手に、ケヴィンは手をそっと乗せた。

 とくん、と、ロヴィーサの胸に心地よい音が満ちる。
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