西の塔に酉
 いくらアロワがとがめても、

「あら、どうして?」

 噂に違わぬ美貌で微笑まれては、禁欲道中の男に太刀打ち不可、結局は、

「ありがとう、アロワ。嬉しいわ」

 と、美女から慇懃に礼を言われるのも悪くない、という心境にいつの間にかすり替えられてしまう。

 そんなこんなで、「堅苦しいのは嫌よ。ロヴィって呼んで」のトドメのひとことで、彼女の責任はすべて俺が、と、わけもわからない覚悟をきめたものだった。

「アロワ、乗りたい」

 グリーングロッシュラーガーネットを思わせる神秘的な瞳がうるうると小刻みに揺れて、心臓に衝撃が刺すとともにアロワは我に返る。

 破天荒な行いの数々と彼女の気さくな人柄から、無意識の仕草なのだろう、と、それなりの女性経験をつんでいるアロワは推し量って感服する――

「ねえ、アロワ。お願いよ。ダヴィドに乗りたい」

 ――が、万が一これがアラサー女の計算だとしても。

 ブルルンと鼻を鳴らして騎手交代を主張する愛馬にアロワは苦笑いで目配せする。

 こんなん諸手を上げて降参だって、なあ、ダヴィド。
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