西の塔に酉
 ロヴィーサは、いつかどこぞの国の王子がよこした一張羅に袖を通す。よそ行きのドレスはこの一枚しかない。他の物はすべて食べ物にかえて、国民に分け与えた。

「せ、背中のぼたんが……ケヴィンー! ケヴィンいるー!?」

 はいはい、と、部屋に入ってきた宰相ケヴィンは、背中丸出しの王女にのけぞる。

「あ、あの……ロヴィ? まさか……」

 端正な顔をひきつらせるケヴィンに、ロヴィーサはあっけらかんと、

「ぼたんとめてくれない?」

「さすがにそれは!」

 着替えを手伝うべき侍女などいるわけない。侍女を雇うお金があるなら、王女みずから土まみれになって自給自足なんかしないというもの。

「ああ、もう歳かしら。ついこないだまで、ぼたんに指が届いたのに」

 ぼやきながらロヴィーサは、化粧を始める。『世にも美しき王女』と大陸全土から称賛された頃から、いまだ誰にも触らせたことのない白い背中を無邪気にケヴィンにさらしたまま。

 ケヴィンは、息をのむ。

「なにしてるの? お願い、ケヴィン。風邪ひいちゃうわ」

 恐る恐る近づくケヴィンは、ロヴィーサの背中からわき立つ甘い香りに、くらりと眩暈を覚えた。
 
< 4 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop