西の塔に酉
 それはそれは鮮やかに覚えている。

 雨に濡れ、膝を抱え、震えながら眠っているロヴィーサを見つけた瞬間、ケヴィンは想像を絶する安堵で、膝から崩れてしまったものだった。

 そして、眠るロヴィーサを膝ごと抱きしめた。真っ青に冷え切った小さい唇に幼い口づけまでした。

「そうよ」

「そんな昔のこと……忘れたよ」

 忘れたふりをするので精一杯だ。今でこそ宰相だが、たかだか道具屋のせがれが、貧しい小国ながらも一国の王女に、どうして愛を告げられる。

「……そう、だよね。そのときした約束なんかも、もう忘れちゃってるよね……」

 覚えてるよ、とケヴィンは心の中で打ち明ける。俺は、君に――。

「ごめん……」

 ケヴィンは謝りながら、自分がなにに対して謝っているのかわからなくなった。

 それは、覚えていないと嘘をついていることになのか、今まで一度も「国のことは俺に任せてお嫁にいきな」と言えずにいることに対してなのか、それとも――。

 


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