西の塔に酉
「陛下と使者殿がお待ちです」

 ぼたんを一番上まで止め終えたケヴィンは、白い肌に触れないように慎重に指を伸ばし、ゆるくウエーブのかかったけぶる金髪を背中に広げた。

 金糸のような一本一本はふわりと空気をはらみ、腰まで背中を覆ってその場に落ち着く。『世にも美しき王女』にふさわしい美しき髪だ。

「ケヴィン……私……」

 ロヴィーサは切なげに眉根を揉み、鏡の中のケヴィンを見つめる。その表情に、ケヴィンはのど元まで出かかる。

 行くな。

「さあ、謁見の間へ参りましょう――」

 行かなくていい。

「――ロヴィーサ王女」

 ふ、とロヴィーサはうつむき加減に微笑んだ。それは、諦めが成分のほとんどを占めた、泣き顔にいちばん近い笑みだった。

「ええ、いきましょう」ロヴィーサは俯いたまま立ち上がる。「……宰相」

 ゆっくりとケヴィンの横を通り過ぎる。

 すれ違いざま、ケヴィンは、子供の頃よく聞いた、ロヴィーサの甘えるようなすねた声を聞いた。

「……いくじなし」

 ああ、その通りだよ、ロヴィ。

 素直になるには長くそばにいすぎてしまった。

 思いのままに告げるにも、行動するにも、自分たちは大人になりすぎてしまった。

 早く大きくなりたいと願ったのは、より広く、より先を、見渡せるようになりたかったからじゃないのに。

 大好きな女の子をたったひとり守りたかった、ただそれだけだったのに。
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