西の塔に酉
 謁見の間には、国王と使者しかいない。

 護衛のいない王室など、大陸広しといえど、あまりに貧しいがために侵略の恐れがないここアムーニアだけだろう。

 ロヴィーサの父、国王は、たった今、農作業から帰ってきました、という恰好で玉座に鎮座している。

 ロヴィーサに引けを取らないくらい土いじりが好きな国王だ。早くに后を亡くしたということも起因しているのだろうか、一日のほとんどを畑で過ごしている。徴税をしない国なのだから、財政もへったくれもない。城でとれた新鮮お野菜を国民にふるまうのが何よりも楽しみな、王というより国の父。

 普段からなごやかで、微笑みを絶やさない父が、何やら険しい顔をしていた。

 ロヴィーサとケヴィンは久々に「国王」の顔を見た。お互い顔を見合わせる。

「大変長らくお待たせいたしました。ロヴィーサでございます」

 ロヴィーサはドレスの両端をつまみあげ、肩をすくめるようにしてお辞儀する。

「ロヴィ。こちらへきなさい」

 こちらをむいた父の、疲れきったような表情が気になった。

 心配を顔に出さないように気をつけて、ロヴィーサは父の隣に腰を下ろす。背後にケヴィンの気配を感ぜられて、それだけでロヴィーサは心が落ち着く。

「こちらはね、ラディナ大国王室から遣いで――」

 ラディナ大国……!? と、内心驚愕するロヴィーサに使者はさらに深く頭を下げて、国王の言葉を引き継ぐ。

「アロワと申します。リュシアン陛下の命で参りました」

「ラディナ大国が我が国のような弱小国家になぜ……」呟く声はケヴィンだ。「失礼。私、宰相をつとめてております、ケヴィン=オングストロームと申します」

「それはそれは。ずいぶんとお若い……」

「なにか」

「いいえ」

 28という歳で宰相は確かに早い。それどころか、ケヴィンは実年齢より5つは若く見られるのが常であり、このやりとりは慣れている。

 慣れているが、相手が大陸一の強大国、ラディナ大国であるのは、初めてのことだった。
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