君のこと。

0.4

「次の発表は、書道部の皆さんです。部長、立花友美。副部長―――」
新入生歓迎会、と称された中の部活紹介。私たちの部活は現在の部員数が15名。その中でも3年生は6人と、今回の新入部員数が少なければ大会などにも出場できなくなってしまう。
「はじまった、ね」
私たちは大会用の袴を身に纏い、演舞を始める。
軽快な音楽の中、それにあわせて体を動かしたり、紙に筆を走らせたりと大変だ。墨を筆につける際、バケツから顔に墨が飛んでしまっても、その場でぬぐうことはできない。というか、今ぬぐいだら顔が大変なことになってしまう。
「っ!」
横から、声にならない悲鳴が聞こえた。
「友美?」
小声で返事を返すと、友美からSOSのサインが。
「墨が、ない」
そうして友美のバケツを覗く。確かに、墨が入っていなかった。
ほかの部員もその異常に気がついた。
曲が流れ出す。
友美は部長なので、とても大きな筆を操らなければいけない。墨がないなど、有り得ない話なのだ。
どうしよう・・・。私は心の中でそうつぶやく。何かできることはないのかと、周りを見渡す。すると、最前列にいるバレー部の中にぴょこぴょこと跳ねる小さな体の男の子がいた。
海原くんだ。
「海原くん!」
小さな声で叫ぶ。
「よっ」
すると、海原くんはその場に落ちていた代えの墨を、バレーのボールのように綺麗なフォームで投げてくれた。すとん、とその墨が友美のバケツに入る。
わあ、と体育館全体が拍手に包まれ、その場は見事に過ぎ去った。
「すごい!これって、書道とバレー部の演出かな?・・・てか、投げた先輩イケメンじゃない?」
一年生たちから声が漏れる。少し、どきりとしてしまった。どうやら、演出だったと思ってくれているようだ。
「・・・さあ、いくわよ!」
友美が大きな声で叫ぶと、私たちは「おお!」と声をそろえ、演舞を始めた。




「お疲れ様」
演舞が終わると、たくさんの拍手と歓声に包まれる。これが堪らなく気持ちいいのだ。
「お疲れー」
舞台袖でハイタッチ。そろりと退場するときに海原くんを見ると、にっこりと笑ったあと、ぐっとVサインを見せてくれた。それに答えて私も笑うと、海原くんは少し照れくさそうに笑っていた。
「ゆず、あれ・・・どうしたの?」
「あれって?」
友美はとても不思議な顔をしていた。
「墨よ、墨。どうして空が投げてくれたの?」
「ああ、私が『海原くん』って口をぱくぱくさせたの。・・・そしたら気がついてくれたらしくて」
にっこり笑って答えると、友美は「しょうがないな」といったような表情をして、「そっか」と笑ってくれた。

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