Mail
 母がこの世を去ったのは、俺が大学に入学して間もない春だった。突然だった。ついさっきまで笑顔を見せていた母が倒れ、その次の日には息を引き取った。親父は間に合わなかった。きっと母が最後に会いたかったのは親父だったに違いない。最愛の人の手に触れていたかったに違いない。そんな母の夢すらも、親父は叶えてやれなかった。
 泣いた。泣き喚いた。心の奥底から込み上げてくる悲しさと沸々と湧きあがる怒りが涙を押し出した。罵倒した。母の幸せはなんだったのかと。どうしてこんな最後になってしまったのかと。俺は黙っている親父に喚き散らした。泣いても母は戻ってこない悲しさが、更に俺を追い詰めていた。

 葬儀が全て終了した後、親父はまた海外に行くことになった。俺は一人この家に残る。出発する前日、親父は突然電話屋へ行くと言い出した。携帯電話を買うという。携帯電話を持っていなかった親父は、俺同伴のもとに電話屋へ向かった。そして、一番最初の暗号のようなメールアドレスと俺を残し、また海外へと飛び立っていった。


 それから今日まで、欠かすことなくメールが届いた。活気あふれる市場の写真も気さくそうな親父の親友も、どれもこれも輝いてはいた。でもそれは親父の世界の中で輝いていた。俺の入り込む余地はどこにもない世界。ブラウン管の中のような、遠い遠い世界。
 でも、それが今日はこない。遠い遠い世界を、今日の親父は見せてくれなかった。どうしてだろうか。俺は初めて、今まで送られてきた写真を思い出しながら親父を見ているような気がした。
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