あめ玉ふたつとキャラメルひとつ
「綺麗な字を書くのね」

「いつも何をしてるの?」

「これと言って特に。」

「へえ。ここ誰も来ないの?」

「殆ど使われないわ。」

「空家なんだ。」

「私の部屋よ。」

気温は寒いが、日差しはなかなか暖かだった。
ここ何週間かは雨もあまり降らないし、太陽の見える日が多かった。大分日が伸びだして、朝日が昇るのも早く、日が沈むまでにも時間がかかるようになってきた。
この土地は比較的温暖らしく、生まれてから今まで同じ土地に住む私は雪というものも数回しか見たことが無い。寒いのが苦手な私にとっては恵まれた土地だと感じでいる。
夏にはあの部屋のベランダに燕が巣を作ったが、今はそこももぬけの殻だ。早く夏になって、嫌気が差しそうな太陽に当たりたい。

日の長さや燕の留守のほかにも、変化したことがある。
私はあの自分専用にしている選択教室に居座らなくなった。相変わらず教室は苦手で、新しい場所を探したが、いい場所は無かった。
でもひとつだけ、屋上の鍵が密かに開いていることを知っていた。しかしこの真冬の寒空の下で一日の多くの時間を過ごすのは無謀だった。教室にいる意外に手段はなくなってしまった。
あの部屋へ長い時間いなくなったのは、いたずら書きの矢野健太との文字の会話が続いているからだった。返事を書けば、矢野からの返事が気になってしまう。
でも私があの部屋にいる間は、彼は返事を書きに来ることは出来ない。お互いの顔を知らないでいることが、私達の暗黙のルールだった。
私はもちろん、ルール違反をしようとは思わない。彼の顔を見てみたいとも、目を見て会話することも特に望んでいない。
ゲームのような感覚でいるのかもしれなかった。
彼も突然私の前に現れることもしないし、黒板の文を通じて呼び出されるというようなこともない。
ただこの青と赤の文字での会話は、すごく楽しいものだった。
< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop