野辺の送り
「じゃあ、私も、そろそろ、失礼します」
そういいかけたときに、
「もう少しいらっしゃらない?紹介したい人が来てくれると思うの」
彼女はドアを指差していった。
それが合図だとばかりに、ドアがノックされ、二人の男の人がスーツ姿で正装し、にこやかに立っていた。
二人とも、彼女と同じ年ぐらいだろうか。
ひとりは、ご主人だとしたら……もうひとりは?私がめまぐるしく思いを巡らせているときに、彼女はゆっくりと紹介してくれた。
「こちらが前の夫で、そちらが今の夫よ。二人ともとても仲良しなの」
ぎこちない挨拶しかできない私に、二人の老紳士はにこやかに会釈し、三人は嬉しそうにしばらく談笑していた。
私はただただ、窓際で見守るしかなかった。
私の知り得ている倫理観というか、常識が一瞬にして覆されたような心持だった。
何が正しくて、何が間違っているかよりも、今目の前にいる三人が幸福そうに寄り添っていることこそが、大切なのかもしれない。
ほどなくして、老紳士二人もまた、立ち上がった。
そうして、二人同時に彼女に手を差し伸べた。
彼女は、小さく首を横に振りながら、
「先に行っていてくださいな。私はこの若くてお美しい女医さんともう少しお話があるんですよ」
「相変わらずの、君だね」と老紳士の一人が言うと、
「そういうところが、いいんだがね」ともう一人の老紳士も寂しそうに頷いた。
それでは、また。
そういって、二人の老紳士もドアの向こうに消えた。
病室が静寂に包まれた。
「驚いた?」
「はい、とても。素敵な殿方ですね」
「ええ、本当に。私にはもったいないくらいだわ」
「お二人にとても愛されているのですね」
「そうね、きっとそうね。こうして会いにきてくれたのだもの」
私は、彼女の涙を初めて見た。
自分の病名を告知されたときにも、彼女は泣いてはいなかった。
一人ですべてを用意し、一人で病院に入院したときにも、彼女は凛としていていた。
「やわらかく、やわらかく一日を生き延びることができれば、それでいいのよ。きっとね……」
その後、彼女は何を言いたかったか、私にはわからない。
彼女の心臓は、それきり音を立てなくなったから。
彼女の葬儀への、参列はよそうかと思っていた。
それは、彼女の葬儀を見てしまったら、彼女の死を受け入れなければならないから。
参加しなければ、きっと何処かで彼女は生きていると思えるような気がして……
そうは思ったが、
やはり、
逃げるのはよそうと思った。
彼女が煙になっていく。
青い空に、灰入りの煙が、溶けていく。
青い空に、灰入りの煙が、溶けていく。
青い空に、灰入りの煙が、溶けていく。
……
そういいかけたときに、
「もう少しいらっしゃらない?紹介したい人が来てくれると思うの」
彼女はドアを指差していった。
それが合図だとばかりに、ドアがノックされ、二人の男の人がスーツ姿で正装し、にこやかに立っていた。
二人とも、彼女と同じ年ぐらいだろうか。
ひとりは、ご主人だとしたら……もうひとりは?私がめまぐるしく思いを巡らせているときに、彼女はゆっくりと紹介してくれた。
「こちらが前の夫で、そちらが今の夫よ。二人ともとても仲良しなの」
ぎこちない挨拶しかできない私に、二人の老紳士はにこやかに会釈し、三人は嬉しそうにしばらく談笑していた。
私はただただ、窓際で見守るしかなかった。
私の知り得ている倫理観というか、常識が一瞬にして覆されたような心持だった。
何が正しくて、何が間違っているかよりも、今目の前にいる三人が幸福そうに寄り添っていることこそが、大切なのかもしれない。
ほどなくして、老紳士二人もまた、立ち上がった。
そうして、二人同時に彼女に手を差し伸べた。
彼女は、小さく首を横に振りながら、
「先に行っていてくださいな。私はこの若くてお美しい女医さんともう少しお話があるんですよ」
「相変わらずの、君だね」と老紳士の一人が言うと、
「そういうところが、いいんだがね」ともう一人の老紳士も寂しそうに頷いた。
それでは、また。
そういって、二人の老紳士もドアの向こうに消えた。
病室が静寂に包まれた。
「驚いた?」
「はい、とても。素敵な殿方ですね」
「ええ、本当に。私にはもったいないくらいだわ」
「お二人にとても愛されているのですね」
「そうね、きっとそうね。こうして会いにきてくれたのだもの」
私は、彼女の涙を初めて見た。
自分の病名を告知されたときにも、彼女は泣いてはいなかった。
一人ですべてを用意し、一人で病院に入院したときにも、彼女は凛としていていた。
「やわらかく、やわらかく一日を生き延びることができれば、それでいいのよ。きっとね……」
その後、彼女は何を言いたかったか、私にはわからない。
彼女の心臓は、それきり音を立てなくなったから。
彼女の葬儀への、参列はよそうかと思っていた。
それは、彼女の葬儀を見てしまったら、彼女の死を受け入れなければならないから。
参加しなければ、きっと何処かで彼女は生きていると思えるような気がして……
そうは思ったが、
やはり、
逃げるのはよそうと思った。
彼女が煙になっていく。
青い空に、灰入りの煙が、溶けていく。
青い空に、灰入りの煙が、溶けていく。
青い空に、灰入りの煙が、溶けていく。
……