野辺の送り
私は、嗚咽していた。


 伊藤さんは、いぶかしげに私を覗き込んだ。

「水谷先生?泣いていらっしゃるんですか?」

 これは、夢?
 これは、現?

「先生、ずいぶんと一人でお悩み抱え込んでいらしゃったみたいですものね。どうぞ、私でよければ、何でも言ってください。水谷先生は、ひとりでがんばり過ぎです。私たち看護士は、先生の足元にも及びませんけれどもね、経験だけは年の分だけありますからね」

 伊藤さんは、私が行き詰まってこの小さな部屋に通っていたと思っている。

 伊藤さんが、私の背中を撫でてくれる。

 涙がしばらく止まらなかった。

 飯塚さんは、ひとりで逝ったのかもしれませんが、寂しくはなかったと……

そう、言いかけて止めた。

まだ、なにも整理がついていない。

まだ、なにも ……

「伊藤さん、ありがとう。これからもよろしくお願いします」

 私が、頭を下げると、伊藤さんは、まあ、まあ、と言いながら、両手を顔に当てていた。

「先生ほどの才能ある人を、どうやって元気付けてあげたらいいのか、私たちまったくわからなくて、こちらこそ、本当に……」

 伊藤さんの声が、はっきりと私の耳に届いた。

 私は何処からが夢で、何処からが現か、わからないと思った。

 しかし、私はようやく両の目が開いたような、気がした。
 
 部屋の明るい場所に、桜の花びらが、はらはらはらはらと舞い降りてくる。




                  おしまい
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