野辺の送り
彼女のやわらかいゆっくりとした声は、ぱさぱさの私の心にしみこんでいった。

だから、

「もう少し早くに貴女のようなお医者さんと出会っていたなら、この世にもっと未練を感じたかしら」

と彼女が私ににっこりと告げたとき、お世辞はいりませんよといおうとして、なぜだか言葉がつまり、胸がいっぱいになって黙りこくってしまった。

不思議な体験だった。

近親にも感じたことのない感情。

言葉にならない状態。

医者として患者に対する態度ではないな、頭では理解しながらも、感情がセーブできなかった。

「貴女は、まっすぐな人なのね。まっすぐで強い芯がある人ね。だから、いつか、ポッキリと折れちゃうかもしれないわね」

彼女は、何かを見透かしたように言った。いつもの私なら、一言でも自分の領域に入り込んでくる輩に対しては、百もの言葉で応戦し、自分の正当性を誇示していたのだが、コツンとおでこを心地良く突付かれたような感触は、私を苦笑させるだけだった。


「どこかで、私の評判でもお聞きになりました?」

極力声を低めて、嫌味っぽく言ってみるが、彼女には通じないらしい。

「いいえ、なにも。貴女にお目にかかるのは初めて。でも、初めてでもないような気がするわ」

悪戯っぽく笑う彼女の笑顔は、七十歳の、それも末期癌の患者とは思えないくらいにくったくのないものだった。

「怖くはないのですか?」

「なにがですか?」

「その……つまり……」

私はすぐにこの質問が妥当ではないことに気づいて、後悔し始めていた。

「人は、いつかは、死ぬんです。それに、私は、もう、おなかいっぱい生きました」

うふふと、屈託なく高笑いする彼女を、私はただただ見つめるだけしかなかった。

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