恋する手のひら
「何言ってんだよ。
実果の彼氏はお前だろ?」

実果は、俺じゃなくタケルを選んだ。
それはつまり、俺よりもタケルの方が好きだってことに他ならない。

怪我をして練習試合に出られなくなった日。
タケルの彼女じゃなきゃ良かったのにと、俺が本音を洩らしてしまったときに実果が泣いたのも、今さら俺にそんなこと言われて困ったからだろ?

「それに…。
もしそうなら、俺が記憶を取り戻したことを伝えた後に、どうして何も…」

「───お前が言わせなかったんだよ」

タケルが吐き捨てるように言った。

「お前が簡単に身を引くから、実果は気持ちがもう自分にないと思ってすがれなかったんだ。
当然だよな。お前は結局こいつに一度だって好きだと伝えてないんだから」

ぐうの音も出ない。
好きだなんて照れ臭くて言えなかった。
言葉にしなくても伝わると思ってた。
そのせいで実果が俺を信じられなかったのなら、それは全部俺の落ち度だ。

「───記憶を失ったのはお前のせいじゃない。
そんな状況じゃ元カノと寄りを戻したって仕方ないのかもしれない。
俺だって、お前が記憶をなくしてる間に実果を横取りしたんだから、お前が全部を思い出したら身を引かなきゃいけないことも分かってた」

タケルがそんな風に思ってたなんて知らなかった。

「───だけど、お前は記憶を取り戻した後、そのことを実果に言わなくていいと言った。
実果は俺の彼女のままで構わないってことだ。
お前の実果への気持ちがその程度なら、俺は身を引いてやるもんかと思ったよ」

違う。
俺だって本当は、すぐにでも伝えてやり直すつもりだった。

だけど俺はあのとき、タケルのキスに応える実果を見てしまった。

もう手遅れだと思ったから。
伝えても仕方がないと思ったから。
だから言わなくていいと言ったのに。

でも今さらそんなこと、言い訳にもならないか。
実果に記憶が戻ったことを伝えようとしなかった、それは事実なんだから。
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