柾彦さまの恋
「ただいま帰りました。祐里さんがいらしているの。
ちょうど、美味しいケーキを買ってきましたのよ」
結子は、玄関に揃えられた女性の靴に目を留めて、
祐里が来ているのだと思い込んだ。
恋愛において堅物の柾彦に女性の影は皆無だった。
結子は、居間の扉を開けると言葉を失う。
知らない女性が柾彦の前で涙を流し、祐里が側に佇んでいた。
「おばさま、お留守にお邪魔しております」
祐里は、結子に挨拶をして、再び柾彦に視線を向ける。
「母上、あの、この方は、檜室教授の娘さんで、美月さんです」
柾彦は、結子の声に驚いて、赤面しながらあたふたと美月を紹介した。
「お母さまですか。初めまして、檜室美月と申します。
どうぞ、よろしくお願いします」
美月は、ハンカチを瞳に当てながら立ち上がると、
結子にぺこりとお辞儀をした。
「祐里さん、いらっしゃいませ。
美月さん、柾彦の母の結子でございます」
結子は、落ち着きのない柾彦と泣いている美月を交互に見つめて、
この場の状況の理解に苦しんでいた。
「お母さま、お見合いの日に家を出て、柾彦さまの元へ参りました。
私には柾彦さましか頼る方がいないのに、
祐里さんという婚約者がいらしたのですね」
美月は、再び、大粒の涙を零した。
驚く結子に柾彦は、大きく首を横に振った。