柾彦さまの恋
夕方になり、美月は『今日のところは家に帰って教授と話し合うように』
と柾彦に説得され、祐里を迎えに来た車に同乗して、
後ろ髪をひかれる想いで桜川の駅に向かった。
「祐里さんは、柾彦さまとは幼馴染みなのですか」
美月は、柾彦がずっと祐里に恋して過ごしてきたことを感じていた。
一緒にケーキを戴きながら、柾彦の視線は、いつも祐里に注がれていた。
それに結子も、祐里に好感を抱いているのが感じられ、
祐里は、その場に然るべく存在していた。
「柾彦さまとは、十六の時にはじめてお会いしました。
何時も優しく見守ってくださる大変に頼もしいお方でございます」
祐里は、一途な美月の強い想いを感じていた。
「私は、はじめてお会いした時から、柾彦さまが好きになりました。
でも、柾彦さまは、私を教授の娘としか見てくださらなくて。
片思いなのに押しかけてきてしまいました」
祐里の前では、美月は、自身が色褪せていくように感じた。
「さようでございましたの。
ご自分のお気持ちを大切になさって、
お父上さまとよくお話し合いをされるとよろしいかと存じます。
美月さまのしあわせをお祈り申し上げます」
祐里は、優しい微笑を湛えて、美月の今後のしあわせを願う。
桜川の駅で、美月は、祐里に礼を言い、都への帰途についた。
帰りの列車の中で、
美月は、違和感を覚えていた祐里の左の薬指に光る指輪に納得する。
「桜河」という名字から、数年前に都で人気を博しながら、里の娘と
結婚した桜河光祐に思い当たる。
そして、美月を帰す為に柾彦が嘘を付いた事を真摯に受け留めた。