柾彦さまの恋
「御爺さまも御婆さまも優祐も婆やも爺も、母上さまのことばかり。
祐雫のことなんて誰も気にしてくださらない」
祐雫は、口を尖らせた。
「なんだ、祐雫は、母上にやきもちをやいていたのか。
ほら、そのような顔をしていると可愛い顔が台無しだよ」
光祐は、幼さの残る祐雫の肩に手をまわして抱き寄せてから、
瞳を見つめて話をした。
「母上は、家族皆の宝物だからね。
その母上が一番気にしているのが、祐雫のことなのだから。
となると、祐雫こそが家族の宝物の中の宝物ではないのかね」
光祐は、祐里と競おうとする祐雫の女性としての成長の早さに驚いていた。
「祐雫が、宝物の中の宝物。
父上さまのおっしゃることはよく分かりません」
祐雫は、不思議な顔をして光祐を見つめた。
光祐は、優しく祐雫の黒髪を撫でた。
「学問では、教えてくれないことだからね。
祐雫、外の桜の樹を見てご覧。
三百年以上ここにいて、ずっと桜河の家を見守ってくれているのだよ。
嬉しいことも楽しいことも、怒りや悲しみさえ、
一緒に感じてくれている。
母上は、この桜のようなひとなのだよ。
祐雫もそのうち、母上のようになれるのだからね。
焦ることはない。
優祐は、優祐らしく、祐雫は、祐雫らしく、育っていけばいいのだよ。
そして、何かあれば、私や母上に相談してくれると嬉しいね」
「祐雫は、祐雫らしくでございますか」
「そうだよ」
光祐は、大きく頷いて、しばらくの間、祐雫を黙って抱きしめていた。
祐雫は、光祐の広い胸の中で、
満開の桜の花に包まれているような優しい心地を感じていた。