柾彦さまの恋

 
 霜月に入ると、桜の樹の葉が茜色に染まり、静かな華やぎを見せていた。

「萌さん、こんにちは。春翔(はると)は、相変わらずですか。

 よろしければ、送りましょうか」

 柾彦は、往診の帰りに星稜時代からの悪友・久世春翔(くぜはると)の

妻・萌(もえ)を見かけて声をかけた。


 萌は、女学校を卒業すると同時に幼馴染みの華道家・久世春翔と結婚し、

一女二男の母になっていた。

 春翔は、久世家の一人息子、萌は、東野家の一人娘の結婚ということで、

二男は東野家の後継ぎとして東野姓を名乗っていた。


「柾彦先生。ごきげんよう。

 春翔は、相変わらず、あちらの華、こちらの華と、

ひとつの華では、満足できないらしくて、

女性の間を飛び回ってございます。

 これから、銀杏亭の生け込みでございますの。

 銀杏亭までお送りいただいて、よろしゅうございますか。

 こちらは、桐生笙子さんで、いつも私のお供をしてくださいますの」

 東野地所の一人娘として絢爛豪華に育てられた萌は、

結婚してからも生家の後ろ楯を享受し、

華道家の妻としての華やぎを醸し出していた。

 春翔の女好きは、周知の事実だったが、

萌は、妻としてしっかりと春翔を支えていた。

 萌の大輪の菊と牡丹の艶やかな着物姿は一際目を惹いた。

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