柾彦さまの恋
柾彦は、萌の陰に隠れて気付かなかった笙子の姿を初めて目にした。
「桐生笙子でございます」
笙子は、紫苑色の振り袖姿で、恥ずかしそうに萌の後ろに佇んでいた。
「鶴久柾彦です。さぁ、どうぞ」
柾彦は、車から降りると、後部座席の扉を開けて、萌と笙子を車に乗せた。
「柾彦先生、私を銀杏亭で降ろしてくださった後に、
笙子さんを桜川の駅までお願いしてもよろしゅうございますか」
萌は、遠慮なく柾彦に頼見込む。
「ちょうど帰り道ですから、お任せください」
柾彦は、気軽に応じた。
「ありがとうございます。
柾彦先生は、ますます、ご立派になられましたね。
いつまで、独身を通されるのでございますか」
萌は、それとなく笙子に、柾彦が独身であることを示した。
先日より、おせっかいやきの杏子から、
柾彦の縁談について相談を受けていた。
萌は、立派で頼もしい柾彦が、どうして結婚しないのか
不思議でならなかった。
「別に独身を通しているわけではありませんよ。
縁が無いだけです」
柾彦は、萌の唐突な質問に、ハンドルを切りながら苦笑した。
「柾彦先生が、お気づきになられてないだけではございませんの。
ねぇ、笙子さん、素敵な男性でございましょう」
萌は、隣に黙って座っている笙子に、意味ありげに囁く。
「はい」
笙子は、薄っすらと頬を染めて、俯き加減で同意した。