柾彦さまの恋
「桐生というと呉服屋の桐生屋さんの娘さんなの」
市松人形のようにしっくりと着物が馴染んでいる笙子を車内の鏡で
見ながら、柾彦は問いかけた。
「はい、さようでございます」
笙子は、姿勢を正したまま静かに頷いた。
「それで着物がしっくり似合っているわけですね。
いつも、着物を着ているの」
対向車を避けるために片側に停車して、
柾彦は、鏡越しの着物姿の笙子をゆっくりと見つめた。
「はい。物心ついた頃からでございます」
笙子は、柾彦の質問に答えながら、少しずつ、柾彦に打ち解けていった。
柾彦は、偶然に出合った笙子とこれほど会話が出来るとは、
思ってもみなかった。
それどころか、東野に近付くにつれて、
笙子のことを愛しいとさえ思っている自分に驚いていた。
こころなしか車の速度がゆるやかになっていく。