柾彦さまの恋
今まで、笙子にとって、結婚相手は、父が決めるものとばかり
思っていた。
現に父は、口には出さなかったが、桐生屋の奉公人の倉三郎と笙子を
結婚させて、暖簾分けをするつもりでいるらしかった。
「お嬢さま、お帰りなさいませ。車でお帰りでございましたか」
倉三郎が、車の音を聞きつけて店先に顔を出した。
「ただいま帰りました。
萌先生のお知り合いの方が、お送りくださいましたの」
笙子は、紅潮した顔を倉三郎に気付かれないように俯き加減で返答した。
「お嬢さま、お荷物をお持ちいたします」
倉三郎は、笙子の花包みを受け取った。
今の今まで、笙子は、倉三郎と結婚することに、
何の疑問も持ち合わせていなかった。
父の意向は絶対的なもので、倉三郎は働き者で客受けもよく、
何よりも笙子に優しかった。
けれども、笙子は、この瞬間、柾彦に恋をした自分に気が付いた。