柾彦さまの恋
紫乃
柾彦は、往診の帰りに桜河のお屋敷に車を停めた。
紫乃(しの)が、柾彦を迎えた。
「柾彦さま、いらっしゃいませ。
奥さまと祐里さまは、外出中でございますが、
ちょうど、栗の渋皮煮が出来あがったところでございますので、
お召し上がりくださいませ」
豊かな微笑を湛えた紫乃は、柾彦を招き入れた。
「そろそろ、おやつの時間だと思って、寄ったところです。
勿論、いただきます。今日はお屋敷の中が静かですね」
柾彦は、台所に入って椅子に腰かけた。
「午後の休憩時間でございますが、
私は、台所を一番好いてございますので、いつもここにおります」
紫乃は、手際よくおやつの膳を用意して、柾彦の前に差し出した。
「美味しそうですね。いただきます」
柾彦は、手を合わせて栗の渋皮煮を口に入れた。
ほろ苦さと甘さが合わさって、秋の豊かな香りが口の中に広がった。
「奥庭で採れた栗でございます。
本当に柾彦さまは、美味しそうに召し上がられますね」
紫乃は、柾彦の食べ振りから元気をもらう。
「紫乃さんの作るものが美味しいからですよ。
お屋敷の方がたは、しあわせですね。
毎日、紫乃さんの美味しいご馳走が食べられるのですから」