柾彦さまの恋

「ところで、紫乃さんは、どうして結婚しなかったのですか」

柾彦は、はじめて紫乃と二人きりになり、

紫乃の生い立ちを聞いてみたくなった。


「私のことでございますか。恥ずかしゅうございますね」

 紫乃は、柾彦の真剣な眼差しを受けて、顔を赤らめながら、

昔を思い出すように話し始めた。


「私が、東野のお屋敷にご奉公に上がったのは、十二歳の時でした。

 奥さまは、五つで、本当に可愛らしいお嬢ちゃまでございました。
 
 紫乃、紫乃と私に懐いてくださいまして、

私がお世話をする事になりました。

 桜河の旦那さまは、東野のご長男の香太朗さまと同い年の十で、

奥さまがお生まれになられた時からの許婚でございましたので、

よく遊びにいらしていました。

 旦那さまも、私のことを姉のように慕ってくださいましてね。

 私は、何処に行くにも奥さまのお供をいたしました。

 奥さまが十八で、こちらにお嫁入りの時には、

貧血ぎみの奥さまのことが心配で、

桜河のお屋敷にお供してご奉公することになりました。

 お暇をいただいて、結婚も考えたのでございますが・・・・・・

その頃に柾彦さまのようなお方と巡り合っておりましたら、

私もきっと結婚してございました」

紫乃は、柾彦に微笑みかけて話を続けた。

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