柾彦さまの恋
「紫乃、とても嬉しそうな顔をしているけれど、何かございましたの」
薫子は、長椅子に座りながら紫乃をまじまじと見つめた。
「午後に柾彦さまがお寄りになられて、
私の料理を誉めてくださったものでございますから。
それにもったいないことでございますが、
私のことをかけがえのないお屋敷の家族だとおっしゃってくださいました」
紫乃は、満ち足りた気分で、自然に微笑みが溢れていた。
「さようでございますとも。わたくしは、いつもそのように思っていてよ。
紫乃、いつまでも元気でわたくしの側にいてくれなければ、
嫌でございますよ」
薫子は、今まで紫乃が側に居たからこそ、恙無く暮らしてこられたことを
改めて感謝した。
身体の弱い自分の代わりに、厳しい義母の濤子とも上手く接して
助けてくれた。
光祐と祐里の世話や広い屋敷の家事一般、
奉公人の取り纏め及び出入人の采配を引き受け、
家族が気持ちよく暮らせるように心配りをしてくれた。
薫子は、啓祐に寄り添い、紫乃に甘えて、今日までこられたのだった。
「坊ちゃまと祐里さまがおしあわせになられましたので、
今の紫乃は、奥さまとご一緒させていただけることが
何よりのしあわせでございます」
紫乃は、温かな微笑みを湛えて、台所におやつを取りに行った。