柾彦さまの恋
「本当に私がお慕い申し上げているだけでございます」
笙子は、消え入るような小さな声で返答した。
「何処のどなたなのだね。名前を言いなさい」
弦右衛門は、世間知らずの笙子が相手に騙されているのではないかと
考えて声を荒げた。
「旦那さま、もう少し、やんわりとお話をしてくださいませ。
笙子、お相手は、どなたですか。萌先生のお知り合いでしたら、
それなりのお方でしょう」
紗和は、弦右衛門が落ち着くように緩やかな優しい声で笙子を促した。
「あの、鶴久病院の柾彦先生でございます。
最初は、萌先生とご一緒にお車で送っていただきました。
次は、先日の華道展にいらしてくださいましたので、
会場をご案内申し上げました」
「鶴久病院・・・・・・」
弦右衛門は、思ってもみなかった名前を笙子から聞き、
驚いて言葉を失う。
紗和もお門違いの病院の名を聞き、驚きを隠せなかった。
笙子と同級生だった鶴久志子(ゆきこ)と母の結子の鮮やかな印象を
思い出していた。
同じ絹でも洋装の結子は、いつもモダンな雰囲気で煌いていた。
そのような家に和装暮らしの娘が通用できるのかが疑問でならなかった。