柾彦さまの恋
「笙子、今日は店に出なくていいから奥にいなさい」
弦右衛門は、返す言葉が見つからず、そそくさと立ち上がって奥座敷を
出て行った。
「柾彦先生だなんて。あちらは、大きな病院ですし、
笙子の片思いでは仕方がありません。
世間には、つり合いというものがございます。
今日は、奥でゆっくりなさい。
そろそろ、倉三郎と笙子の縁談話を進める潮時なのかもしれませんね」
紗和は、小さな溜め息をついて店に戻った。
店では、浮かぬ顔の弦右衛門が帳場に座り、
接客をしながら笙子を気にしている颯一朗や奉公人たちが
落ち着かない様子だった。
笙子は、自室に戻り、柾彦の笑顔を思い出しながら、
溢れる想いを抱えて涙ぐんだ。
窓の外では、笙子のこころを映して、時雨が降り出していた。