柾彦さまの恋

「笙子、今日は店に出なくていいから奥にいなさい」

 弦右衛門は、返す言葉が見つからず、そそくさと立ち上がって奥座敷を

出て行った。


「柾彦先生だなんて。あちらは、大きな病院ですし、

笙子の片思いでは仕方がありません。

 世間には、つり合いというものがございます。

 今日は、奥でゆっくりなさい。

 そろそろ、倉三郎と笙子の縁談話を進める潮時なのかもしれませんね」

 紗和は、小さな溜め息をついて店に戻った。



 店では、浮かぬ顔の弦右衛門が帳場に座り、

接客をしながら笙子を気にしている颯一朗や奉公人たちが

落ち着かない様子だった。



 笙子は、自室に戻り、柾彦の笑顔を思い出しながら、

溢れる想いを抱えて涙ぐんだ。


 
 窓の外では、笙子のこころを映して、時雨が降り出していた。



  
< 49 / 64 >

この作品をシェア

pagetop