柾彦さまの恋
「実は、君のところから戻って来た日に、駅で藤原君に
会ったらしくてね。
夕食をご馳走になって、重い鞄を持ってもらったら、
藤原君のことが好きになったようで。
今では、賑やかな都を離れたくないから、藤原君と結婚すると
言っているのだよ。本当に困った我が侭娘だ」
美月は、桜川からの帰りの列車の中で、
目まぐるしかった一日を振り返っていた。
父の薦める計略的な見合い結婚に反発して咄嗟に家出をし、
父の教え子の中で一番好感が持てた心優しい柾彦を頼ったものの、
柾彦が深く祐里を愛していることを真摯に受け止めた。
柾彦のこころの中に自分の入る余地がないことを
しっかりと胸に刻んでいた。
が、今更、すっぽかした見合相手と結婚する気にもなれずに
途方に暮れていたのも確かだった。
その時、必然的に藤原真実に出会ったのだった。
柾彦は、話を聞きながら、厳しい檜室教授が顔を綻ばせて喜んでいる
様子に、美月のこれからのしあわせを願っていた。
「藤原でしたら、美月さんとお似合いです。
たぶん、美月さんは、お見合いが嫌で、妥当な私のことを
思い出したのではないでしょうか」
柾彦は、自分の窺い知らないところで、
このような顛末になろうとは思いも寄らず、安堵していた。
それとともに笙子の笑顔がこころに広がっていた。