柾彦さまの恋
柾彦は、店先の邪魔にならない場所に車を停めると、
後部座席の扉を開けて、笙子を車から降ろした。
笙子は、紫紺の暖簾を開けて、柾彦を店に招じ入れた。
「いらっしゃいませ。笙子、お帰り」
「いらっしゃいませ。お嬢さま、お帰りなさいませ」
颯一朗と店の奉公人が一斉に柾彦と笙子を迎えた。
「ただいま帰りました。
お兄さま、こちらは、鶴久柾彦さまでございます。
父上さまはどちらでございますか」
笙子は、まっすぐに颯一朗をみつめて、柾彦を紹介した。
「はじめまして、鶴久柾彦です」
柾彦は、颯一朗に挨拶をして、ゆっくりと店内を見渡した。
「いらっしゃいませ。笙子の兄の颯一朗でございます。
笙子、父上と母上は、奥でお昼だよ。お客さまを座敷にご案内しなさい」
颯一朗は、大人しい笙子のこのところの変わり様に驚きを隠せなかった。
店の奉公人でさえ、笙子が男性を連れて来たことが信じられなかった。
「柾彦さま、こちらへどうぞ。ご案内申し上げます」
笙子は、柾彦を座敷へと案内した。
「少々お待ちくださいませ。父母を呼んで参ります」
笙子は、柾彦を上座に案内すると、熱い決意を胸に抱いて奥座敷に向かった。
柾彦は、姿勢を正すと、こころを落ち着かせようと庭の枯山水を眺めた。
「父上さま、母上さま、ただいま帰りました。
会っていただきたいお客さまをお連れいたしました」
笙子は、奥座敷に入ると正座をして、しっかりと弦右衛門と紗和の瞳を
みつめて話をした。
「笙子、お帰り。もしや、鶴久病院の先生をお連れしたのかね」
弦右衛門は、突然のことで驚きを隠せなかった。
(大人しい娘のどこに結婚相手を自分で決める大胆さが
隠れていたのだろう)と思っていた。
「まぁ、それは大変でございます。どういたしましょう」
滅多な事では驚かない紗和も、左右をみまわしてあたふたとしていた。
「私は、お茶をお持ちしますので、
父上さま、母上さま、お先にお越しくださいませ」
笙子は、立ち上がって台所に向かった。
弦右衛門と紗和は、顔を見合わせると、手を取り合って座敷に向かう。
「失礼いたします」
弦右衛門と紗和は、硬い表情で柾彦の前に座った。