柾彦さまの恋
「ええ。今の今まで、お気づきではなかったでしょ。
本当に柾彦先生は、女心が少しもわからないのですから。
まぁ、そこが柾彦先生の魅力でもあるのだけど」
「まるで、ぼくが鈍感な男みたいじゃないか」
「あら、鈍感ではないとお思いですの」
杏子は、幼馴染みの柾彦との会話を楽しんでいた。
小学校の入学祝に父母と妹と銀杏亭で食事をした日から、
柾彦は、銀杏亭の娘である杏子と顔見知りになり、
こころ置きなく話せる間柄だった。
それ以来、いつも口達者な杏子から言い包められていた。
「杏子には敵わないな」
柾彦は、降参して手を挙げて見せた。
「私のことはさて置き、手の届かない姫を追いかけるよりも、
現実をご覧になられてください。
柾彦先生を好いてくださる方は、沢山いらっしゃるはずでございますよ。
今度ご紹介しましょうね。
さて、銀杏亭おまかせの世界一美味しいコースをお持ちします」
杏子は、にっこり笑って、厨房へ消えた。
柾彦は、結婚について考えてみた。
(これから先、結婚したい女性に巡り合えるのだろうか・・・・・・)
考えれば考えるほど、現実味がなかった。
こころに浮かぶ女性は、唯一祐里だけだった。
手が届かないと分かっていても、
時々祐里と話ができるだけで、柾彦は、しあわせだった。