超短編 『夢』 10
夢にでてやる
「夢に出てやる」

そう言い残して、アイツは落ちていった。
最期の言葉としては、あまり意味がないように思えた。
しかし、アイツは俺を見ながら言ったのだ。
たしかに恨まれても仕方がない事をしたのは事実だ。

俺はアイツの美人妻を奪い、マンションのベランダから落としたのだから。

落としたと言うのは少し違うかもしれない。
アイツが怒りのあまり俺に向かってきたから、脇へ避けただけだ。
アイツは勢いが良すぎて、ベランダから飛び出した。
わずかに手すりに手がかかったが、俺と目が合った後で落ちていったのだ。
そのときのアイツの目は、にらんでいたようでもあったが、助けを求めているようでもあった。

俺は助けようと思ったが、あまりに一瞬の出来事だったので、カラダが反応しなかった。

そのときのアイツは、時間がゆっくりと流れるように、もがきながら消えていった。

警察がきたが、事情を説明し、アイツの妻も俺の無実を訴えてくれた。
また、アルコールが検出されて、結局事故と言うことになった。
たしかに焼け酒を飲んでいたのは事実だ。

そんなことが有ったせいか、俺とアイツの妻とは直ぐに別れた。
そして丁度アイツの四十九日の夜、アイツが夢の中に出てきた。

< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop