冬うらら 1.5
□7
 婚姻届の書類に、書き込みを終えたものの。

 カイトは、それを渡すことが出来なかった。

 いろんなことを、頭の中に渦巻かせてしまったのである。

 メイを信用していないワケではない。

 そうではないのだが。

 この、カイトにとっては非常に重大になってしまった書類が、本当に無事提出されるかが、心配だったのである。

 途中で、彼女に何か不慮の事故が起きてしまったら。

 もしくは、途中で彼女の気が変わってしまうようなことがあったら。

 どちらも、絶対にあってはいけないところではあるのだが、人生何が起きるか分からない。

 彼自身、一番よく知っていることだった。

 いきなりメイと出会って、恋のどん底まで突き落とされ、頭をかきむしるような幸せで辛い日々を味わい、人生最悪と最高をとんでもない落差で味わったのである。

 その衝撃は、ジェットコースターなんかじゃない。ナイアガラの滝だ。

 だから、未だに自分が生き延びていて、しかも、彼女と婚姻関係になれたことさえ信じられないのだ。

 婚姻関係については、彼の短気のせいで、現在未遂の状態だったのだが。

 その過去があったおかげで、すっかりカイトは心配性になってしまった。

 苦労して手に入れた彼女を、何かのはずみでも失いたくないのである。

 絶対確実。

 それが欲しいのだ。

 だから、差し出された手に書類を渡さなかった。

 代わりに―― その手を、掴んだ。
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