冬うらら 1.5

 そうしている内に、洗い場の水音が止まった。

 洗うという仕事は、終わったのだろうか。

 確認の視線を送ることは出来ない。

「あ、あの……私、もう」

 しかし、こともあろうに、彼女の声は出口へと向いていた。

 足音が、そっちに向かっているのも分かる。

 バスルームを出ようと言うのだ。

 バカ野郎!

 ざばん、とカイトは慌てて湯船から上がった。

 どう考えても、彼女がお風呂で温まったとは思えない。

 少なくとも、さっきまで洗い場にいたのだ。

 シャワーを使ってはいただろうが、冷えているに違いないのに。

 遠慮しているのだ。

 彼がバスタブを占領しているので、どかすのが悪いと思ったか―― まあ、その辺りだろう。

 これでは、カイトは彼女に、カゼをひかせるために入ってきたかのようだった。

 一瞬。

 網膜に彼女の白い後ろ姿が、くっきりと焼き付いた。

 驚いた余り、そっちの方を見てしまったのである。

 瞬時にして血流が狂って、目の前が真っ暗になりそうだった。

 いわゆる立ちくらみというヤツだ。

 だが、それを踏みとどまって、視線をばっとそらした。

「つかれ!」

 そう怒鳴るように言うと、彼女がさっきまで使っていた洗い場に背中を向けて陣取る。

 カイトだって身体や頭を洗うのだ。ということは、バスタブは空っぽなのである。

 何の問題も、あるはずがなかった。

 もしも、彼女がまだ出ていこうとするならば、力ずくでもバスタブにつからせようとさえ思った。

 そんなにカイトに遠慮するというのなら、このまま彼が出ていったって構わなかったのだ。

 しかし、メイはそれ以上の抵抗はしなかった。

 ゆっくりとした動きで、後ろを横切って行ったのである。

 彼女の歩く影だけを、カイトは視線の端で追いかけた。

 ぱしゃん。

 小魚が、跳ねた。
< 64 / 102 >

この作品をシェア

pagetop