冬うらら 1.5

「きゃあ!」

 その勢いでか、彼女が悲鳴をあげた。

 きっと、ただの驚きだ。
 そうに決まっている。
 いや、そうでなければならなかった。

 恐怖なんかじゃない。

 ただ、驚いたに違いないのだ。

 湯船の中で、後ろからぎゅっと彼女を抱きしめたまま、その身体から驚きが逃げ去るまでじっとしていた。

「な…!」

 なかなか強ばりの取れない彼女の身体にイラついて、反射的に大きな声になりそうになって、慌ててその口を一度閉じた。

 これ以上怯えさせてどうしようというのか。

 すぅっと一度息を吐いて。

「な…何も、しねぇ」

 横を向いたまま、カイトはそう言った。

 その証拠と言わんばかりに、そっと抱きしめていた腕を放す。

 たかが、一緒にお風呂に入るというだけで、このザマだった。

 何をしても、彼女とは初めてのことばかりで、不慣れなことづくしだ。

 カイトは今まで、こういうスキンシップのある恋をしたことがなかった。

 こんな、大事な恋は初めてだったのだ。

 結婚したと言っても実感は薄く、まだ恋が他の穏やかな感情を置き去りに、一人だけぶっちぎって走り回っているのである。

 ほかの感情は、一生懸命ついていこうとはするものの、遠く遙か後方だった。

 だから、こんな風になってしまうのである。

 穏やかに慈しんで温めあう恋―― なんて、木星よりももっと遠くだ。
< 66 / 102 >

この作品をシェア

pagetop