冬うらら 1.5

 ああ、どうしよう。

 言い訳なんか浮かぶはずがない。

 こんな手のひらのケイタイ番号を、いままで後生大事にしていたということが、彼に知られてしまった。

 魔法の呪文みたいだから。

 カイトが私の身体に残してくれたから。

 その二つの文章は、どちらも彼に伝えられそうになかった。

 妙に少女チックで、子供っぽいと笑われてしまうんじゃないかと思ったからだ。

「あ、あの…まだ、書き写してなかったの…だから、消しちゃいけないと思って…あの」

 だから、とっさに苦し紛れの嘘をつく。

 このくらいの嘘なら、きっと神様だって見逃してくれるはずである。

 これで、彼が無罪放免してくれるのではないだろうかと思った。

 単なるうっかり者で、済ませてくれそうな気がしたのである。

「後で…」

 しかし。

 いきなり、カイトはぼちゃんと、彼女の右手を湯の中に沈めた。

「後で、紙に書いてやる…」

 そして、もう片方の手で、ごしごしとメイの手のひらをこすったのだ。

 あー!!!!

 彼女は、手を逃がそうとした。けれども、彼がしっかりと握っているために、それが出来なかった。

 あ、あー!!!

 心の中で悲鳴をあげる。

 ばちゃん。

 再び水の上に持ち上げられた彼女の手のひらは、大変きれいなものだった。

 わずかに一カ所、残骸が残っている程度だ。

 しかし、それも目ざとく彼に見つけられ、きゅきゅっと指先でこすられると消えてしまう。

 綺麗になったぜ。

 そんな風な声さえ、後ろから聞こえてきそうだった。そっと手が離される。

 メイは、空中で手を止めたまま、じーっとそれを眺めてしまった。

 もう、彼の魔法の呪文はないのである。

 はぁ、と小さなため息が出てしまった。

 こんなことなら、ちゃんと理由を言えばよかった、と。

 彼は、親切で洗ってくれたのだ。

 書き写しそこねて、消せないでいると思われて。

 後で紙に書いてやるから、消してもいいのだと―― そして、消してくれたのだ。
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