冬うらら 1.5
□17
 彼女の手のひらを汚していた、自分の字。

 それに、もう一度ご対面することになろうとは、思ってもみなかった。

 しかもバスタブの中で。

 聞けば、書き写しそこねていたという。

 だから、消さないように努力していたのだと。

 そんくれぇ。

 カイトにとっては、ささやかな不満のタネだ。

 そのくらい、もう一度聞けばいいのである。

 家の中なら、書くものがいくらでもあるのだ。

 だから。

 いつまでも、彼の汚い字を残しておく必要なんかないのである。

 しかし、そういうことを言っても、メイは遠慮して消さないような気がした。

 その予測のおかげで、短気な彼は実力行使に出たのだ。

 ぐいっと手をつかんで湯の中に沈める。

 もう片方の手でごしごしと、そのやわらかい手のひらをこすった。

 あんまり強くすると痛いのではないかと思って、ちょっと力を抜く。

 途中で一回、湯から上げてきれいになったかを確認する。彼女の肩越しに。

 ほんの少し残っていたので、そのままきゅきゅっとこすると―― 完全に消えた。

 よし。

 カイトは、悦に入った。

 これで、彼女はすっかり綺麗になったのである。

 そして、それをしたのが自分だ。

 ささやかな満足感に包まれて、カイトは幸せだった。

 メイの手を解放してやる。

 彼女も、これで安堵するのではないかと思った。

 わざわざ、手の汚れを消さないようにと、努力する必要がなくなったのだから。

 なのに。

 彼女は、肩を落として落胆したようなため息をついたのである。
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