冬うらら 1.5

 しかし、彼にしてみればそれは遠慮ではなかった。

 彼女が熱い風呂が好きなのなら、別に自分はどうでもよかったのだ。

 メイが、それで幸せだと言うのならば。

 そして、また考えないのだ。

 相手も、いま自分が思ったようなことを考えていたのであって、遠慮しているわけではないということを。

 お互い相手を大事にし合っている―― それにうまく気づけないでいるカイトは、やはり一方的な要求ばかりを彼女に押しつけてしまうのだ。

「好きなものとか、いろいろ…ちゃんと、教えて…」

 そんな気持ちに気づいているのか、メイは、日頃重い彼の口をこじ開けようとするのである。

 確かにカイトは、おしゃべりというワケではなかった。

 しかし、仕事上必要な言葉はしゃべるし、取引の時なんかは交渉を自分のペースに持ってくるために、攻撃的にしゃべり続けることだってある。

 そんな彼なのに、メイの前でだけは、口にロックがかかったように重くなるのだ。

 しゃべりたくないワケではない。

 うまく、言葉を探せないのだ。

 こんな気持ちになったのはこれが初めてだ、というような荒れ狂う感じとか熱い感じとかが、波のように何度も押し寄せてくるために、言葉が機能しないのである。

 そして―― こんな綺麗じゃない言葉しか出てこないのでは、彼女を幸せにできないとも思っていた。

 だから、余計に口が動かないのである。

 けれども、いま彼女は、カイトにしゃべって欲しいと思っているのだ。

 苦手だけれども、その願いに答えてやりたかった。

 一言でもいいから。

『好きなものとか、いろいろ…』

 メイは、そう言った。

 カイトの好きなもの。

 そんなにたくさんはない。ほんの一握り。

 プログラムとバイクとチキンカレーと。

 いや、そんなどこにでも転がっているようなものじゃない。

 スペシャルでデラックスな、たった一つだけのもの。

 それが、カイトの中にはあった。

「メ…イ…」


 それが―― 彼女の問いに対する、精一杯の答えだった。
< 85 / 102 >

この作品をシェア

pagetop