愛かわらずな毎日が。

去年のクリスマス。

あの日は珍しく酔っていたみたいだから、本人は憶えていないのかもしれない。

凌くんの仕事の都合で、イヴを私と過ごす羽目になった香織が言ったひとこと。


「足りない」


そのときは、え?と首を傾げたのだけれど。

今ならなんとなくわかる。


「凌に対して不満があるとか、凌じゃ満足できないとか。そういうんじゃなくて。
なんていうかね。今の私が求めてるだけの『凌』を、得られていないっていうか。達していないっていうか……。
とにかく、足りないの。凌が足りない」


そう言った香織の気持ちと似ている。


例えば。

嬉しいとか、悲しいとか、そんな感情のメーターと同じように「福元さん専用」のメーターが私の中に存在するとして。

その目盛りは、日を追うごとにひと目盛ずつ増えていくのだけれど。


笑顔とか、優しさとか。

手のぬくもりとか、唇の感触とか。


「福元さん」を受け容れるだけの容量は、じゅうぶん過ぎるくらいあるというのに。

それを満たすほど「福元さん」を得られていないのだ。


足りない。

ぜんぜん、足りない。


もっと。

もっと、って。


そう願ってしまう。



「………さーん。間宮さん、居ます?
あ。ここに居た!」

ひょっこりと顔を出した森下が、ちょいちょいと手招きをしながら、田辺部長がお呼びですよ、と言った。


「……あ。うん、わかった。すぐ行く」

私は来客用の湯呑みを棚に収め、クロワッサンを頬張る香織を残し給湯室をあとにした。

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